がんは悪い病気?

「正しい生き方」から「愉しい生き方」へ

山本加奈さん(仮名・32才)

左乳がん。ステージIIIa期、しこり5cm以上、リンパ節転移あり。 外科治療/左乳房切除および腋下リンパ節郭清術の後、SAT療法。

【家族の物語】

 山本加奈さんの父親は、幼い頃に母を亡くし、後妻にきた継母に育てられました。長じて家業を継いだ後もこの継母には頭が上がらず、会社の経営から結婚後の家庭のことまで言いなりだったそうです。加奈さんの母親が妊娠したときも、「昔の女性は出産前日まで働いたものだ」という継母の言葉に逆らえず、結局、母親は、無理がたたって2人の子どもを流産。その後、3人(男2人、加奈さん)の子宝に恵まれましたが、「4人もいらない」という継母の一言で、4人目は人工流産せざるをえませんでした。公私にわたって我慢と緊張を強いられるこんな暮らしが続いた果てに、母親は卵巣がんで亡くなり、次いで父親も腎臓がんで亡くなりました。加奈さんが乳がんと診断されたのは、父親のがん介護に忙殺されるなかでのことでした。

【心のカルテ】

 SAT療法を開始する前の加奈さんの心理特性は、「対人依存度」、「自己抑制度」、「特性不安(不安傾向度)」、「抑うつ度」すべてが強。家族からの「情緒的支援認知度」が低い状態でした。がん性格の特徴である「感情認知困難度」も高く、「自己否定感」もかなり強。また「問題解決度」も低下しており、問題を直視して現実的に対処する力が弱くなっていることを示していました。さらに、「そういう自分が許せなかった」、「違う自分になりたい」という強い思いが、現状の自分に対する「自己価値観」をほぼ最低値に下げていました。まさにがんになるべくしてなった心理特性を持つ人だということがわかります。このほか、「PTSS(心的外傷症候群)度」の高さが、自分または他人の接死体験を潜在的な強いストレスイメージとして抱えていることを示唆していました。
 なお、遺伝的気質のうち該当気質は、自閉気質(4点)、執着気質(4点)、新奇性追求気質(5点)。準該当気質は、循環気質、粘着気質(各3点)。不安気質は4点。

【がんになりにくい生き方へ】

 両親を相次いでがんで亡くした加奈さんは、「がんは、手術や強い薬や放射線を使ったからといっても決して治るものではない」との思いを強め、手術後は医師が勧める抗がん剤や放射線による治療を断っていました。しかしながら、両親のことを思い出すにつけ、「自分もああなってしまうかもしれない」と、何をしていてもがんの転移と再発のことが頭から離れず、加奈さんによれば、周りに左右されないよう距離をとり、自分の中で答えを探していたといいます。
 SAT療法を開始するにあたり、加奈さんは、「不安に執着しない自分になりたい」、「心を開放したい」、その2つを治療の目標に掲げました。

両親の幸せなイメージをつくる

「両親は一生懸命生きてきたのに、がんで亡くなりました。不条理を感じます」。初回のセラピーから、加奈さんはその思いを率直に語り始めました。そこでまずは、「再養育イメージ法」という技法を用いて、加奈さんの自己イメージにとくに強い影響を与えていると見られる父親と、その両親(祖父母)の養育イメージの変更から始めることにしました。
 まず、早くに亡くなった父方の祖母をイメージのなかで長生きさせ、父親が両親に十分甘えながら育ったイメージをつくってもらいました。すると、継祖母はいないことになり、父と母が力を合わせて楽しそうに家業を切り盛りしている姿が浮かんできました。
 さらに、「前世代イメージ法」を実施して前世代のトラウマ記憶イメージを探したところ、祖父からさらに4代前に、博打に手を染めて財産を無くした人のイメージが出てきました。そこで、この人が家業に勤しみ、家族を大切にするイメージをつくってもらいました。そして、加奈さんに、そのような家系のなかで父親が育ったとしたらどんな人になるかと聞いたところ、「家族の気持ちに目を向け、母にやさしく接し、必要なときには母をかばう父親になる」とのことでした。
 一方、加奈さんの母親は、人から強く言われると必要以上にビクビクしてしまうところがあったそうです。そこで、母親の再養育イメージ法は、祖母に暖かく見守られながらも、自立心の強い子に育つイメージをつくりました。そのように育つと、母親は、言いたいことを言えるイメージに変わるそうです。
 このように3~4世代前まで遡って、それぞれ理想の両親に理想の育てられ方をするイメージをひととおりつくると、両親や祖父母といった比較的はっきりしたイメージの記憶のある人たちまで、これまでとは違った見方で見られるようになってきます。しかし、加奈さんの場合はとくに父親の継母のイメージが強く、実際の気の弱い父親のイメージの影響からなかなか抜け出せませんでした。
 そこで、いったん存在しないイメージに変えた継祖母についても、再養育イメージ法を用いて育て直しました。実は、継祖母も子どもの頃に母親を亡くしていました。この継祖母の母親もやはり健康で長生きしたことにし、その愛情を心に刻み込みながら成長する継祖母のイメージをつくりました。こうして育った継祖母はやさしく愛情深いイメージになり、加奈さんの母親が妊娠すると、「無理しないようにね、疲れたら休むのよ」とかばうイメージになりました。
 加奈さんの心には、闘病中の両親の苦しい表情の記憶が強く焼き付いて離れませんでしたが、両親の親や祖父母を含む前世代の再養育イメージをつくっていくうち、その記憶までもが癒されていきました。

「再養育イメージ法/再誕生イメージ法」と「前世代イメージ法」

 SAT療法では、さまざまな技法を使ってがんの治療を行っていきます。「再養育・再誕生イメージ法」もそのひとつ。親や祖父母をイメージのなかで育て直し、そのように育てられた親のもとに生まれ、育ったとしたら自分はどうなるかというようにして、過去の記憶に縛られない本来の自分の生き方に気づくよう導く技法です。これによって、心の発達の土台となる自分が愛されたと確信することで、受動愛の遺伝子「BRCA2」が発現しやすくなります。
 しかし、自分を満足させた確信を持つことで発現する自己愛遺伝子「RB」や他を愛する確信により発現する積極愛遺伝子「p53」は、親や祖父母の再養育イメージだけで、思うように発現率が上がらないケースがあります。そこで、新たに開発したのが、「前世代イメージ法」でした。退行催眠法によって胎内期のイメージを再生し、そこから何世代も、ときには何十世代も前に時間を戻し、そこでつくられた嫌悪系体験イメージを探り当て、それをトラウマ回避イメージ法によって癒し、自らの力で克服する新しいイメージをつくり、現在の問題を解決する方法に気づかせる技法です。
 前世代の死にまつわる出来事は、子宮を介して入れ子状態で、代々受け継がれていきます。残された家族の悲しみや無力感、罪意識が子孫に伝えられ、何世代、何十世代にもわたり、自分を罰し続けているということがあるのです。そのトラウマイメージを癒さないかぎり、自分が愛されるイメージさえつくれないということがわかってきたのです。

【流産したきょうだいの魂を癒す】

 加奈さんのケースでは、もうひとつ重要な記憶イメージへの対応が残されていました。それは、流産したきょうだいが3人もいることです。とくにいちばん下の子は、継祖母の意向に沿って心ならずも行われた人工流産です。このことで母親の心はどんなに傷ついたことでしょう。心に負った深い傷は母親の表情や声のトーンなどに表れ、そのネガティブな振動信号は、加奈さんたちきょうだいにも影響を与えたと思われます。
 流産や死産などによってこの世に生まれてこられなかった子どものイメージは、「亡き子謝罪・合体イメージ法」という技法で癒します。まずは、人工流産した子どものイメージから癒すことにしました。加奈さんも、この子のことがいちばん心に引っかかっていると言います。
 この子の肉体は存在しないのですが、魂(見えない人格)を感じることはできます。両手のひらの上にその子の姿をイメージしてもらったところ、子どもは悲しそうな表情をしていて、「ここから出られない」と訴えているそうです。「お父さん、おばあちゃん、お母さんが理想の環境で育っていたらどうなりますか」と聞くと、「母親が自信のある人になるので、この子はきっと生まれてきます」と言います。そこで加奈さんに母親役になってもらい、その子の魂を包み込むようにして、命を救ってあげられなかったことを謝罪し、「お母さんが生きているかぎりいつまでも一緒だよ」と語りかけ、その子と合体して一緒になるイメージをつくってもらいました。すると、その子は「母親と一緒に微笑んでいる」イメージに変わり、加奈さんも「とても嬉しい気持ちになる」とのことでした。
 続いて、自然流産した上の2人についても、同様にして両手のひらの上にイメージし、「守ってあげられなくてごめんね」と謝った後、子どもと一緒になってもらいました。
 流産・死産はよくあることで、母親の悲しみは軽く扱われがちですが、産んであげられなかったという母親の罪意識は、無事に生まれてきた子どもの心にも深い傷を刻み込みます。亡き子謝罪・合体イメージ法を行うことで、加奈さんの母親のイメージは、「嬉しそうに喜んでいる」イメージに変わり、その結果、加奈さん自身も、「安心して嬉しく幸せな気持ち」に変わりました。

自分は愛されていた!

<血液データも改善方向へ>

 SAT療法を続けていく内、加奈さんの心理尺度は好転していきました。血液検査値に着目してみると交感神経と副交感神経のバランスを示す白血球成分中の好中球とリンパ球の成分比も、セラピーの進行に従って改善しています(図1、2)。

セラピー開始前は、リンパ球の成分比率は21%(リンパ球数:1530/μ?)と目標範囲より10%以上少なかったのですが、3回目終了後には32%(リンパ球数:2100/μ?、目標基準数2000以上/μ?)まで増加しました。リンパ球比率は、セラピーを開始して1年が経過する11回目頃まで増え続け、目標範囲で安定しました。リンパ球数も2000/μ?を超えて安定しました。また、NK(ナチュラルキラー)細胞活性は30~70%の範囲にあることが望ましいのですが、合格ラインの30%前後で上下していました(図3)。
ただ、好中球とリンパ球の成分比率は心理データほどには安定しません。感情認知困難症のために、自覚レベルでは精神的な安定が保たれていても、大脳は無自覚なストレスを感じていて、そのストレスが生理データに反映されることがあるからです。加奈さんの場合も、1年目を過ぎたあたりから好中球とリンパ球の成分比が増減を繰り返しました。そこで、そこから先は、がん抑制遺伝子やNK細胞の活性度を含む生理データからストレスを読み取りながらセラピーを進めていきました。

<まず受動愛の遺伝子がオン>

 がん抑制遺伝子の活性度(図4、5)はセラピー実施前と比較して2倍(200%)以上になれば、実験計測誤差を考慮したうえで、十分有意な変化であるとみなすことができます。加奈さんの場合、3回のセラピーで乳がん抑制遺伝子BRCA2の活性度が200%を超え、以降その数値を維持しています。また、愛情認知により増加する傾向にあるBRCA2は、家族から愛されていると感じるにつれて活性化していきました。

 他方、あらゆるがんの抑制遺伝子として知られるp53は人を愛することで活性化する傾向を持ち、通常はなかなか発現しないのですが、加奈さんの場合は、初回セラピー後に200%近くまで活性化しました。そして4回目まではその状態で安定していましたが、その後増減を繰り返します。
 胃がんや十二指腸がんなどの抑制遺伝子として知られ、問題解決の見通しを感じることで活性化する傾向のあるRUNX3は、他のがん抑制遺伝子に比べて増減の振れ幅が大きいことが特徴です。加奈さんの場合も、1100%(11倍)を頂点に大きく揺れ動きました。
 さらに、自分自身に自信を持つことで活性化するRBは、他の遺伝子が増減を繰り返すのは対照的に、初めの1年間(10回目まで)はほとんど増加しませんでしたが、11回目に200%弱まで活性化し、その後も100~300%範囲で維持し続けました。

正しい生き方から、愉しい生き方へ

 3年余りにわたるセラピーを通して、加奈さんの生き方は多くの面で変化し始めました。どう変わったかは、加奈さん自身がさらりと口にした、「これまでは『何が正しいか』だったんですけれど、今は『何が愉しいか』なんです」という言葉に尽きるようです。
 加奈さんは、安定した気持ちで過ごしながら、2~3ヶ月に1回のペースでSAT療法を受けて4年を越えて経過を観察しましたが、すべてのがん抑制遺伝子はすべて安定して発現し続けるようになりました。経過がまったく良好なため、2006年暮れに卒業してもらうことにしました。

※詳しくは、宗像、小林著「健康遺伝子を目覚めさせるがんのSAT療法」春秋社2007を参照